『ちょうどアコライトのように』

担当:水谷 和希 ---------------------------------------------------------------------------

序 章  はいぼく

「ヒールを早く!」
「はい!」
 暗く湿ったダンジョンの奥深く。この世界ではありふれた光景。人がモンスター
を討伐すべく、果敢にも戦いを挑む。
「ヒール!」
 数人のパーティ。オークと呼ばれる人と敵対する種族を滅ぼさんと戦う。だが、
まだ経験の浅いこのパーティには、このダンジョンは重荷だったのか、目の前に襲い
掛かってくる腐ったオークが、個々の生命を徐々に奪っていく。その戦いの中心で、
少女は懸命に命を救うため叫びつづける。
「ヒール!」
「たぁぁぁぁぁぁ!」
 剣士の少年は、目の前のモンスターに剣を振り上げる。まだ拙い剣術、勢いだけで
切りかかっていく。
 オークゾンビと呼ばれる目の前のモンスターは、その剣にあわせ自らの斧を振り
あげる。
  きぃぃぃぃん。
 弾かれる剣。オークはそのまま、斧の方向を変え、こんどは斧を振り下ろす。
「やらせるかーー」
 剣士の背後からアーチャーが放った矢が飛ぶ。斧を持つ腕に刺さった炎の矢が、
燃え上がり腕を焼く。
 だが、一度振り下ろされはじめた斧は止まらない。盾で受け流そうとする剣士だが、
吹き飛ばされ、背中を岩で強打した。
 オークは、飛ばされた剣士に代わり、獲物を探す。そして、一番近くに居た
アーチャーに狙いを定め、次の一撃のために再度、斧を振り上げる。
「…………の名のもとに……ファイアー!」
 そのとき、マジシャンの魔法が、長い詠唱を終えて発動する。オークに向けて赤い光が
襲い掛かる。オークは斧を盾代わりに防ごうとするが、そんなことで弾き返されるもの
ではない。光が熱に変わり体を焼く。
 肉の焼ける嫌なに匂いがアコライトの彼女の元まで漂う。それでも、オークは立っていた。
そして、三度斧を振り上げる。剣士は、まだ、体制を立て直せない。そのまま、オークは
アーチャーに、斧を振り下ろした。
「だめー!」
「こっちにも魔物が!」
 寸前のところでヒールが届かず、アーチャーはその場に崩れ落ちた。そして、まだ、
攻撃を続けるオークのそばに、新たなオークが出現する。
「だめー! だめ、ヒールーー」
 剣士へのヒールは、気休めにしかならず、連携など関係なくただ殴り来るだけの2体の
オークに、剣士にダメージがたまっていく。
「ヒール! ヒール!」
「ファイアー」
「だめだ! 逃げろ。もう無理だ!」
「そんなのダメ! ヒール!」
 剣士へのヒールは、削られ行く命の速度に追いつくことが出来ない。
「だめだーー。逃げろーー」
 叫びながらも剣士は、オークの斧をかいくぐり、剣をわき腹に突き刺した。
  がぁぁぁぁぁぁ
 魔物の断末魔。1体のオークがひざを折り倒れる。
「ヒール! ヒール!」
 オークに刺さる剣を抜く剣士。だが、その動作も最後まで続かない。防御する暇も与えず、
もう1体のオークが、頭の上から斧を振り下ろした。
 崩れ落ちる剣士。倒れたオークに圧し掛かるように、そのまま倒れてしまう。
 そこからの展開は早かった。
 残るマジシャンとアコライトに、斧の攻撃は強すぎた。避けるまもなく、二人とも
ダンジョンの土の上に、崩れ落ちる。
 そして、静寂。
 勝者はその場を去り、敗者だけが、ダンジョンの奥に、取り残された。

第一章 ふたり

 路を歩く人々の会話の声。
 露天の掛け声。
 雑踏の騒がしい音は、彼女のそばをすり抜けていく。
 誰もが通り過ぎていく道端のベンチ。
 彼女は、そこから、ただ、路を眺めていた。
「お嬢さん、お花はいかがですかな?」
 声のする方に視線を移す。3人掛けベンチの反対の端から、差し出された小さな花束。
「えっと……」
「お嬢さんにそんな顔は似合いません」
「私……ですか」
 顔を上げると、やさしそうな笑顔の老人が、座っていた。
「えぇ。そんな暗い顔で座っていてはいけません。なにか、ありましたか?」
「…………」
 少しの沈黙。そして、
「私って、ちゃんと役に立てているのかな、って思って」
 小さな声でつぶやく。
「あっ、いや、なんでもないんです。その……」
 少し顔を赤くした彼女は、どうして、こんなことを言ってしまったのだろうと、
手をパタパタと振る。
「そうですか……。パーティでの狩りの帰りですかな?」
「えっ、どうして」
 不思議そうな顔をする彼女。老人はにっこりと微笑み、そのまま話を続ける。
「アコライトのあなたは、パーティのメンバーを一生懸命支援したけれど、
全滅してしまった……と」
「……はい」
「それは、あなたのせいではないですし、きっと、あなたの支援がなければ、
もっと早く全滅していたのでは?」
「そうかもしれないですけど……」
 老人の話はわかる、が、彼女は、そんなことでは、と、ちいさく首を振った。
「……そうですか。もし、よろしければ、私の家にいらっしゃいませんか?」
「えっ?」
「あなたにひとつお願いしたことがあります」
「お願い……ですか?」
「はい。それと、考え事をするには、ここは少し寒すぎます」
「……はい」
 彼女はちいさく頷いた。そして、老人の差し出していた小さな花束を受け取った。