KanonSS-2
『栞の手紙』

担当:水谷 和希
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小さな焚き火が、顔を赤く染めている。
空まで届く煙、ちらちらと揺れる炎。そ
の横で、俺は一人の少女を眺めていた。
「もう……いいか?」
「まだです」
「少し疲れたんだが……」
 俺が眺めている少女は、ちらちらとこちら
を見ながら、一生懸命、何かを描いている。
「だめですって。動いちゃだめです」
「そんな事いったって、顔だって熱いし」
「もー、しょうがないですね」
 少女がこちらに顔を上げる。
「お芋も焼けましたし、少し休憩にしましょう」
 そして、俺に向かって微笑んだ。

「ほんとにたくさん描いたな……」
 大きな芋を平らげた俺は、絵描き少女―美
坂 栞が、ずっと向き合っていたスケッチブ
ックを何気なく開いてみる。どのページにも、
明るい色で描かれた風景画・人物画が載って
いる。
「まぁ、レベルはともかくとして……」
「祐一さん、そんなこと言う人嫌いです」
「いや、ほんとに頑張って練習してるんだ
な」
「はい。せっかく祐一さんにもらったスケッ
チブックですから」
 スケッチブックを反対から覗き込みながら、
栞は微笑んでいた。
 このスケッチブックをプレゼントして1年
が過ぎ、もう、すべてのページが埋まろうと
している。
「おっ、これなんかいいじゃないか」
「どれですか?」
 目のとまった1枚のスケッチを、栞に見せ
るため、俺はスケッチブックをさかさまに持
ち上げた。

 ひら……ひら……。

 すると、1通の封筒がスケッチブックの合
間から抜け落ち、宛名を上に俺たちの足元に
舞い降りた。
「なんだ、これ?」
「えっ?」

『相沢 祐一 様』

「俺宛の手紙か?」
 真っ白な封筒を拾い上げて、差出人を見る
ため裏返す。
「あぁ〜。だめです。それは、だめ」
 目の前で栞が踊っているが、気にせずその
差出人を見ると……。
「なんだ、書いてないじゃないか」
「それは、だめなんです」
「あっ、おい」
 俺の手からやっと手紙を取り上げた栞は、
大事そうに胸に抱え込む。
「ひどいですよー」
「わるいわるい、けど、俺宛の手紙なんだか
ら、見たっていいだろ」

「これは、お守りなんですから」
「お守り?」
「そうです。大切なお守りなんですから」
 少し付いてしまった汚れを払い、ぎゅっと
胸に抱きなおす。
「どーしても、見ちゃだめか?」
「はい。どうしても、です」
 抵抗を見せる栞に、俺はひとつだけ尋ねる。
「なら、これだけ教えてくれ」
「なんですか?」
 小さく首を傾げる栞。
「それは……遺言、じゃないよな」
「えっ……」
「開けたら、『これを読んでいるということ
は、もう私がいなってことですよね』とか、
書いてあるんじゃないよな」
「…………」
 沈黙。古枝のはじける音だけが、その場に
響く。
「私、怖いんです」
 栞は俯き、そうつぶやいた。
「だって、奇跡的に病気が治って、こうやっ
て祐一さんと一緒に出かけたり出来るように
なって……。不安なんです! また、いつか
病院に戻らなくちゃいけなくなるかもって…
…。これは、単にちょっと調子がいいだ」
「それ以上、言うな!」
「えっ」
 栞が俺を見上げる。俺はベンチから立ち上
がっていた。
「俺は、いつまでもいっしょにいる。あの日、
いつまでもいっしょに居たいと、真剣に思っ
たから、今、こうして二人いられるんじゃな
いか!」
 驚いた表情の栞を、見つめつづける。
「俺は忘れない。いつもいっしょにいると誓
いつづける。だから……だから、そんな手紙
……要らないだろ」
 戸惑うような栞の目。思い出す言葉。そし
て、紡がれる言葉。
「私も、いっしょにいます。そう言ってくれ
るあなたのそばに、私もいたい」
「あぁ」
 小さく頷いた。
「こんな手紙、もういらないですね」
 栞は、抱え込んでいた手紙を手に、もう一
度だけ見つめ、なにかを呟くと、そのまま火
の中へと投げ込んだ。
「あーー」
「えっ、えっ?」
「栞、なんてことをするんだ」
「えっ、私、なにか悪いことしました?」
 再度、驚きの表情で俺を見る栞。
「せっかく、後でネタにするために、読んで
やろうと思ってたのに!」
「…………」
 その意味を理解できないのか、固まる栞。
「あぁ」
「そ、そ、そんなこと言う人、嫌いです!」
 栞のパンチが、俺の顔に綺麗にヒット
したことは、言うまでもない。